久しぶりの模範試合(動画公開予定)

ある選手にお越しいただき模範試合を取らせていただきました。

f:id:saigo3150:20201126083515j:image

昔は良く一緒に練習したのですが、もう10年近く前のことかもしれません。やはり速くて強い選手と取ると気合が入りますし楽しいですね。

最近当会では動画を撮って、自身の振り返りや上級者の取りを参考にしてもらっています。今回の模範試合について、対戦相手の方には許可をいただいたのでオープンにします。まずは数枚だけの予告編ですが、編集し終えたら全編公開する予定です。

対戦相手は誰なのか? どちらが取ったのか? など想像してご覧ください。(私が画面左です)

改めて、畳や札を大切にしよう

近江勧学館の畳の張替えのためのクラウドファンディングが早々に目標金額を達成しましたね。ちはやふる基金のみなさまの呼びかけと、それに応えた全国のかるた愛好者の方々は本当に素晴らしいと思います。より良い環境でかるたができることを、また多くの支援者によってそれが実現できることを、関係者は感謝しながら利用しないといけないですね。

勧学館ができたのが1997年ですから、初めて利用させていただいたのは大学1年の時。それ以来、名人戦で52試合、大学選手権なども合わせると100試合程勧学館で試合をさせていただきました。何度も宿泊させていただきました。本当に素晴らしい施設で、いつも気持ちよく迎えてくださる勧学館のみなさまにも感謝です。この呼びかけを見た時、改めて感謝の気持ちと協力したい気持ちになりました。

f:id:saigo3150:20201103065426j:plain

そこでこの機に改めて声を大にして言いたいことは、

全国の選手のみなさん、無駄に畳をバンバン叩くのはやめましょう!

競技かるたで使用すれば通常使用に比べて畳が傷みやすいのは分かると思います。施設によっては畳が傷むことを理由に、競技かるたには貸してくれないところもあります。一振り一振りの積み重ねが畳に蓄積されていくからです。それは競技の性質上仕方のないことですが、一方で取りと関係のない無駄な一振りが畳を傷つけているということも言えます。全員がこれをやめることで、畳の張替えサイクルが少しは長くなるのではないでしょうか。畳城主となられる方も長く使ってくれることを望んでいるはずです。無駄に畳を叩くのは本当にやめましょう。

札も同様です。大石天狗堂のみなさまが心を込めて丁寧に作ってくださっています。たくさん練習して消耗することは喜んでいただけると思いますが、雑な扱いで傷つくことはあってはならないと思います。

BE・LOVE12月号「『競技かるた』のいろはを千早と学ぼう」にも掲載いただきましたが、私たちが競技かるたができるのは、関係者の協力があってこそです。感謝の気持ちを忘れずに取り組んでいきましょう!

※参考に掲載された元の記事を添付します。

※「札や畳を大切にしよう」

※今までは私が小さい頃から使っていた札を中心に練習してきましたが、さすがに限界なので新たにしました。大石天狗堂様ありがとうございました。大切に使います。

f:id:saigo3150:20201024082842j:plain

大事な試合の時に食べていたもの

我が家にもちはやふる基金様からチャリティグッズが届きました! カレンダーにかるたの予定を書いて、汗をかくほどたくさん練習してタオルで拭いて、水分補給して、来年はそんな一年になるといいですね。

f:id:saigo3150:20201017233721j:image

さて、明日は名人戦・クイーン戦の東西予選が開催されます。コロナの影響もあり参加者がそれぞれ16名に絞られているので4回戦で終わりますから、6、7回戦に比べて体力消耗戦にならずに良いと思います。役員としてもありがたい気持ちもあります。一方で勢いのあるA級なりたての選手や若い選手の出場機会がなく残念に思います。やはり本気で名人・クイーンを目指す人、これから将来のある人に出場機会を与えてあげて欲しいなと思います。

その理由は、私自身が予選に出場したことで意識も実力もはるかに高まったからです。初めて予選に出場したのは大学1年の時、四段でしたから今のルールでは出場できなかったでしょう。しかしながら有力選手との対戦を経て、閉会式の講評では伏兵の活躍と言われましたが「やれる」という自信がつきました。そして翌年勝ち上がるためにはどうすればよいのか計画を立てることができました。それがあったからこそ翌年も四段のままでしたが予選、決定戦を勝ち上がることができたと思っています。(本選に勝てた理由は他にもあると思っているのでまた今度にします。)

今回は名人戦の時に食べていたものをご紹介したいと思います。大事な試合の前から調整に入りますが、大食いをしないくらいで、普段通りアルコールも飲みます。名人戦の前日は新幹線で移動する間にカツサンドを食べていました。トンカツ(トントン拍子に勝つ)、チキンカツ(鳥、取り勝つ)という験担ぎです。夜は琵琶湖ホテルで前夜祭に出席するのでビュッフェスタイルの食事で、ビールは飲みますがここではほとんど食べた記憶がありません。おいしそなものがたくさんあるのに・・・。試合当日の朝も琵琶湖ホテルのビュッフェで、ここではほどほどに和食を、お米を明太子や納豆、焼き魚といただきます。そして1回戦が終わった昼。お弁当が準備されていますが食べません。控室に代わりに食べてくれるサポーターがいましたので弁当は任せて、ゼリー飲料やチョコレートを少しだけ。あとは栄養ドリンクを少々。差し入れでいただく高いやつは効きます。でも用法用量は守らないとダメですね。反動なのか体が痛くなります。

こういった食事をしていました。なぜ昼食を食べないかというと、その昔試合中にお腹が痛くなったことがあり、そのリスクを避けるためです。逆にお腹が減るリスクが高まるので、試合当日だけでなく普段から食べない生活で慣らしていました。前日の夜はなぜ食べなかったかというと、話しているとあまり食べれないので、昼食でカツを軽く食べ、程よく酔って寝たいのでビールがあれば十分といった感じでした。(唯一1回だけ私の好きな銘柄じゃないビールが出てきたことがあって、そのときは何となく試合の調子も悪かった気がします。)

そして当日の朝食は、昼食を食べないこともありますがある程度腹持ちする米を選んでいました。もともと米が大好きなのもありますが。ちなみに私の師匠である田口忠夫元名人からは、腹持ちの良い餅、芋、バナナを勧められました。琵琶湖ホテルなら餅くらい焼いてもらえるだろうと。そしていつも差し入れは柿の葉寿司でした。これも弁当班が食べてくれました。最後に間食。時間もあまりないので素早くエネルギー補給ができるのでゼリー飲料や栄養ドリンクを飲んでいました。チョコレートもつまみますが、鼻血が出やすい体質なので少しにしていました。(名人戦ではありませんが試合中に鼻血を出した経験もあり、これもまた別の機会に書きたいと思います。)

これは誰かの参考になるのかな、と疑問を感じ始めました。日にちも変わりそうなのでそろそろ終わろうと思います。自分の体は自分にしか分からないので、自分に合ったものを食べて試合にのぞむのが一番でしょう。明日出場するみなさん、がんばってください!

新しいTシャツが完成しました

以前のTシャツは会を創設する前のものであったためTシャツを刷新しました。

胸には当会のロゴマーク、背中には新しいイラストを「かるた道」(あいうえお作文になっています!)の文字とともにカラーで配置しました。

ロゴマーク(富士山、せせらぎ、三島梅花藻)は当会所属会員がデザインし、清らかなイメージに仕上げてくれました。またイラストは、三島市のマスコットキャラクターみしまるくん・みしまるこちゃんのデザインを手掛ける高柳順子さんに、かるたを楽しむ様子を表現していただきました。

Tシャツは全4色、フルカラー印刷は珍しいと思うので、どこの大会に行っても目立つこと間違いなし。もちろん競技で存在感を出せるよう練習していきます。このTシャツを背負い、正々堂々と、楽しく美しく取って欲しいと思っています。

f:id:saigo3150:20200920220553j:plain

早稲田の栄光 ~職域学生かるた大会への想い~

昨日の学生選手権に続いて、職域学生かるた大会について。一番大きく影響を受けたのは、初出場した第68回大会(1997年8月、大学1年の時)です。しばらく続いていた早大の時代から東大の時代へ変わろうとしていた時なのかなと思います。

少し前の大学選手権、前日の学生選手権で個人としては優勝して、調子も悪くない状態で臨んだ大会でした。決勝の相手は東大、私は3年生の白川雅志さん(現在は府中白妙会に所属)と対戦し、チームが2敗の状態で札クロスを完成され、敗れるという苦いデビュー戦となりました。 

一番印象的だったのは、当日の終了後に行われた反省会。ホームの高田馬場に戻って先輩OBOGも参加する中、まるで通夜のような雰囲気だったことです。早稲田のアフター(練習後に集まって飲食したり遊ぶこと)の雰囲気が好きで、いつも先輩に楽しく遊んでもらっていた私にとっては衝撃的でした。

冷静に戦力を考えれば、早大は予選で高校選手権を制した長泉高校にチームとして敗れるという不安要素があるなど、決勝には進出したもののA級優勝経験者を揃える東大との戦力差は明らかでした。しかしながら、それでも団体戦は何が起こるか分からない、勝つ可能性もゼロではなかったわけで悔いが残る大会でした。そして何よりも、早大のエースとして看板を背負って戦うということは、常に勝ち続けなければならないということなんだ、と気持ちを新たに全てを懸けることにしました。

それ以降、実力アップを目指して練習したことはもちろんですが、勝つためにできることは何でもやろうと誓いました。その一つは、前日の学生選手権に出場しない、と決めたことです。職域の決勝戦まで戦うと二日間で10試合となり、特に夏場は今と違ってエアコンもない環境でしたから体力の消耗を防ぐためです。今思えば倒れて救急車で運ばれた人もいましたから、熱中症だったのだと思います。相当過酷な環境でした。

次の第67回で優勝し、4年間で春夏合計8回出場して4度の優勝を遂げることができました。もちろんチームが負けて悔しい経験もしましたが、後輩の成長もたくさん見ることができました。大きな優勝杯で飲むビールが格別で、高校時代仲間がいなかった私としては、チームで勝つ喜びをたくさん味わうことができました。それが私自身の大きな成長につながっていますから、早稲田大学という環境にとても感謝しています。

最後に、優勝した時にみんなで歌う「早稲田の栄光」がたまらなく最高で好きでした。

~重ね来し歴史尊く 承け継ぎて輝く早稲田 早稲田 早稲田 我等の早稲田~♪

 今は出場チームの増加により春夏分割しての大会となっていますが、チームのためにプライドをかけて戦う大会として、今後も続いて欲しいなと思います。

マシンが違う ~学生選手権の思い出~

本来であれば今日は学生選手権大会、明日は職域学生かるた大会(団体戦)でした。特に学生のみなさんにとっては一大イベントであり、目標とする大会だと思うので残念なことと思います。私も大学時代は非常に力を入れた大会で、成長につながった舞台なので、来春は開催されることを願っています。様々な思い出がありますが、1999年夏の学生選手権大会で、ひとつの印象的な言葉に出会いました。

当時私は全国大学かるた連盟の会長をしていたので、選手ではなく企画運営側として参加しました。リクルート社のアルバイト求人情報誌「フロム・エー」が学生を応援する企画があり、それに応募して協賛をいただくことに成功。「学生選手権大会~フロム・エー・カップ~」として開催し、開会式において当時副会長(現会長)の松川さんにご挨拶いただきました。

「企業がスポンサーとして応援してくれる大会を見て、私もレーサーとして企業の冠を背負って戦っていた時のことを思い出す。他の多くの選手とはマシンが違うんだ、そういう気持ちで常に戦っていた。」といった内容だったと記憶しています。

この「マシンが違う」という言葉がとても印象に残っていて、そういった気持ちでずっと競技をやってきました。自分は他の選手とは持っている能力・性能が違うんだ!と言い聞かせ、だからこそ速く、美しく取らないといけない、1枚の札など細部にこだわらず、圧倒的な力の差で勝たないといけない、と自分に課してきました。またどんなに優れたマシンであってもメンテナンスを怠ったり、性能を過信したり、性能に頼りすぎたりしていてはダメだ、という教訓を得たこともありました。

今は練習もままならない状況にありますが、自分の性能を正しくチェックして、性能をアップさせるための機会、マシンをピットインしている状態だと思って取り組んでみてはいかがでしょうか。きっとそれが自信につながると思います。

さて、その大会のA級で優勝したのは後にクイーンになった坪田翼さんだったはず。あの美しい取りは当時からマシンが違いました。あともうひとつ余談です。協賛金を賞金に充て現金で準備したところ、ある所からお叱りを受けました・・・。学生に現金は良くなかったのかなぁ、今でもちょっと疑問ですが、思い出の大会となりました。